埼玉県立近代美術館で開催中の「ロシア科学アカデミー図書館所蔵 川原慶賀の植物図譜」展に行ってきました。長崎の絵師・川原慶賀が、出島のオランダ商館の医師として来日していたシーボルトに雇われ描いた、大量の写生図の展覧会です。

《クサボケ》1824-1828年頃

もともと植物図譜が好きで、数年前にBunkamuraで開催された「バンクス花譜集」展や、国立科学博物館主催の植物画コンクール展なども見に行ったことがありましたが、今回の展示から受けた衝撃はそれらとはまた異なるものでした。

まずは、その膨大な量。今回紹介されたのは一部の125点でしたが、それらが一同に並ぶ風景は、美しいだけでなく凄まじい迫力がありました。実際、同時期に制作された作品の量から、慶賀とその弟子たちによる巨大な”川原慶賀工房”なるものが存在していたと推測されているそう。

そしてどの作品からも、繊細さはもちろん、残る筆づかいの跡から伝わってくる熱量から、バンクス花譜集の銅版画とは異なる”生っぽさ”があるのです。西洋的植物画法の体裁をしているので、一見するとアカデミックな知的冷静さをまとった絵なのですが、見れば見るほど引き込まれる魅力があります。例えるならば、燃え上がる青い炎。

《ツクシシャクナゲ》1824-1828年頃

シーボルトが日本の植物を初めてヨーロッパに紹介した『日本植物誌』では、この川原慶賀らの植物図譜を下絵として銅版画にした上で出版されています。なので、今回のように下図の段階を見れたことは、めったにない機会だったのではないかと思います。

”仕事”として請け負ったとはいえ、あれだけたくさんの植物を見つめ続け、なぞり写しとった日々は、慶賀の中の何かが変わったのではないかと…描き上げるごとに生まれ変わるような体験ではなかったのかと…想像をめぐらせてしまいます。

《ビワ》1824-1828年頃

本題の植物図譜ではないのですが、展示の前半には、慶賀が長崎の風景や人々の暮らしを描いた作品が並びます。その中で気になったのは「人の一生」というシリーズ。植物だけでなく日本の風俗や文化に興味をもったシーボルトらに頼まれて描いた、日本人の一生を紹介する一連の作品なのですが、そのテーマが…

「腹帯・出産」「宮参り」「お見合い」「祝言の段取り」「結納」「結婚」「祝言」「病臥」「死去」「葬式」「葬列」「葬列の迎え」「墓穴堀り」「送り火」

となっていて、順に鑑賞しながら「え?宮参りしたら、もうお見合い?祝言したら、もう死んでしまうの?」と、その描かれた人生の味気なさに悲しくなってしまいました。このシリーズは他の絵もあって、全23場面なんだそうですが、「誕生・成長」に関する場面が5場面、「結婚」に関する場面が7場面、「老い 」に関する場面が2場面、「葬式」に関する場面が9場面となっていて、結婚と葬式に重点が置かれていたようです。

このテーマの選び方は、シーボルトらの判断があったのか、当時の日本文化がそうだったからなのか、理由はわからないのですが、「もっと、こう、人生っていろいろあるでしょ!」という気持ちがもやもやと…結婚と死後ばっかり大切にされる人生なんて、ちょっと、ねぇ。


2時間ほどかけてじっくりと堪能したら、ちょうどお昼どき。北浦和駅にある以前から気になっていたカフェ・cinqさんへ行きました。

埼玉県立近代美術館には初めて訪問したのですが、公園が伸びやかで多幸感にあふれていて、気持ちのよい美術館でした。次の企画展は遠藤利克だそう。

美術館前に咲いていたニゲラ