あるひとりのアーティストの個展が見たくて、そのためだけにはるばる秋田県横手市まで行きました。

鴻池朋子さん。

数年前から彼女が語る姿や声、綴る言葉に心底惚れ込んでいて。とはいえ、作品自体に触れたことはなく。著名な方なので、また東京でも展示はされるだろうけど、ここまで気持ちが満ちたのであれば、待つのではなく、わたしが「そちら側」へ向かうしかないのだろうと。

なぜ「そちら側」と意味ありげに表記したかというと、展示開催にあたってのリード文に拠るところがあります。少し長めにはなりますが、こちらに転記を。読み応えのあるメッセージですので、ぜひどうぞ。

 

エネルギーのことを考えています。 

 例えば生きものは、自身の生命を維持するために、「喰う/喰われる」ということでエネルギー変換をします。現在の私たちの文化は、ハンターギャザラー(狩猟採集)という原型を発展させてきたものです。獲物を捕り料理する、木を伐採し石を積み家にする、モチーフを集め絵画にする、部品が集積した機械もそうです。また採集したものを解析し農耕という「生産」も生みだしました。自然界から道具を通してハンティングし人間界へ引きずり込み、それらをギャザリングし組み合わせる。しかし、こうしたハンターギャザラーの応用やカスタマイズを続けているだけでは、いつまでも「人間界へ引きずり込む」方向にのみ文化が進みます。この「原型」をいかに解体し転換できるかが、今、芸術に担わされている役目のように思うのです。
 今回鴻池は、喰う動物たちの姿を描いた幅8m×高さ6mのカービング(板彫り絵画)、今年授かった毛皮と山脈の空間「ドリーム ハンティング グラウンド」などの新作を交えて、原型を揺さぶります。美術館の背後には奥羽山脈が控えています。山脈は人が定めた県境や東北という枠組みさえも取りはずし、互いに執着を捨て地形をまなざせと促しているかのようです。もはや私たちが考える観客は、人間だけではないからです。

 

わたしはものづくり、特に「木の家づくり」を生業としています。まさにハンターギャザラーの枠組みの中で、日銭を稼ぎ、生き延びているわけです。そして、わたしを庇護しているその枠組みが形骸化しつつあり、採集(ハンティング)した材料のルーツもわからず、組み合わせ(ギャザリング)も人まかせ…そんな現状であることも知っています。

建物の構造のなかでも、鉄骨造やRC造ではなく木造、中でも集成材ではなく「製材」を専門としたことも、現状へのささやかな反抗であったのかもしれません。製材がもっとも身近で、ルーツがわかりやすいからです。

とはいえ、ぬぐえなかった違和感や、どれだけ森とつながっても消えない不安感がありました。どんどんと加速してゆく「消費」という車から、どうしても降りられないのです。

そんなジレンマを抱えていた頃、ある講演会で出会ったのが鴻池さんでした。

 

** つくるという行為は、自然、ではないことですよね。つまり自然に背いて、自然のままであったものに、人間が手を加えてつくっていくわけですから、その行為は人工的な行為で、自然な状態を破壊する行為です。そういうことを自分は生業としている、ということはどういうことなのかと、初めて考えたんです。それまでは素直に作品をつくっていたんですよ、楽しくて。でも立ち止まって考え込んでしまった。 **
『どうぶつのことば 根源的暴力をこえて』鴻池朋子

 

鴻池さんの制作の手が止まってしまうほどの価値観の転換が起こったのは、東日本大震災の後だそうです。その後、あらゆる表現をこえて、「人間が嗜好してきた視点以外の目を借りる」という域に達します。動植物という生物だけでなく、風や雨や雪や石や山や、あらゆる無生物の視点を。

では、わたしはどうしよう…?

正直なところ、具体的な提案ができる段階ではありません。時間をかけて成熟させてゆくテーマのように感じています。枠組みの中で生きてきたわたしが、その枠組みの外を知れたことがユリイカであり、価値観の転換が起こった後には、もう同じものではいられないのです。

今回の個展『ハンターギャザラー』に関しては、言葉というハントの道具の檻から逃れるため、言葉を尽くして説明することは敢えてしないことにしました。

ですが、言葉になる前の言葉として、ひとつだけ。

わたしがこのアート体験から引き受けたのは、帰ってくるための居場所であり続けること。「あちら側」へどれだけ分け入っても、わたしたちは帰ってこなければいけません。そのために、「こちら側」で、旗を振り続けようと。そして、戻ってきた誰かに、「いつでも戻ってこれるから、安心して、また行っておいで」と、声をかけようと。

久しぶりのblogでしたが、とても私的な上に長くなってしまいました。(ここまで目を通してくださった方はいるでしょうか…)
会期は2018年11月25日(なんと明日!)なので、なかなか足を運ぶのは難しいかと思います。また近い将来の個展開催を楽しみにいたしましょう。

今回の展示の図録は羽鳥書店さんによって書籍化されています。WEB SHOPから購入できますので、鴻池朋子さんが気になった方はぜひお買い求めください。