先日、ヤン ヨンヒ監督の『スープとイデオロギー』をユーロスペースで見た。

その美しいタイトルに惹かれて”見たい映画リスト”に入っていたのだが、友人からたいへんオススメと背中を押してもらい、”見る映画リスト”に入れたのだった。

思わず喉が鳴るような黄金色のスープの作り方も、耳を塞ぎたくなるほどの血塗られた体験も、おなじひとりの女性の口から語られる。

よく「心を縛ることはできない」と言うけれど、ほんとうにそうなのだろうか。この映画で描かれているのは、イデオロギーに引き裂かれた、心、身体、家族、故郷、過去、現在、未来…。わたしたちはいとも簡単にイデオロギーに人生の手綱をわたしてしまう。だから、最新の注意を払って生きなければいけない。これは過去の出来事ではなく、今現在進行形なのだ。


3月にロシアがウクライナに侵攻してから、少しずつではあるが、ナポレオン戦争以降の近代世界史の勉強をしている。「国民国家形成のために利用されたイデオロギー」と「仕組まれた暴力」の図式は、映画の中の済州4・3事件(1948年)も、ウクライナ侵攻(2022年)も変わらない。

学べば学ぶほど、日本に生きるわたしの今が腑が落ちる。そして同時に、また新しい扉が開いてゆく。わからない、そうだったのか、わからない、そうだったのか…。いつまでも繰り返し。

黄金色のスープを、手元にある材料でわたしもつくってみた。丸鶏ではなく手羽元、高麗人参とナツメではなく玉ねぎの、でたらめなレシピだけれども。

あたたかな滋養あるスープをすすりながら、食卓で政治の話をする夜だってすてきだ。


『スープとイデオロギー』2022年